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私を律するもの

こんばんは~。

先日Twitterにてみやさんと言葉について意見を交換していた時に思ったことを、つらつら~と書いてみます。
大丈夫だとは思いますが、もし気分が悪くなった時には言ってください!
被害を最小限にするために、記事を消しますから!

>゜))彡>゜))彡>゜))彡>゜))彡ハジメマス

私はパズドラのフレンドを削除するのを『放す』と表現します。
削除するのは元々冒険者からの、いわゆる『野良』フレンドさんに限っていますので、私としては『野生に返す』感覚で『放す』と表現しています。

もちろん、『切る』の方が一般的なのは承知しています。
私は『切る』という言葉が強いと感じるため、自分で使うのは避けたい(人が使っているのは気にならない)ので、伝わりにくくても他の表現をしています。

他にもネット上特有の言葉がたくさんありますが、自分で使おうとすると違和感が強くて結局使えていません。
極端な話『w』さえ、なかなか使えないのです。
使いたいのですが、使えない。
『w』をたくさん並べて『ホロンバイル大草原』と表現するのを見て、面白いなぁとも思うのに…。

使えない理由が中学生の時に言われた些細なことにあるのは、すぐに思い当たりました。
何かを話している時に私が(多分)汚い言葉を使ったのだと思うのですが、話していた相手に

「〇〇にはそういう言葉を使って欲しくないな」

と言われたのです。
それ以来、その出来事が喉に刺さった魚の小骨のように、私の言葉を縛っているように思います。
そんなに仲の良い友達でも無かったのにね。

刺さった小骨に少しずつ似たようなものが引っ掛かっていって、今の自分がいるのだと分かります。
少し不便さは感じますが、これで良かったのだと思っています。
ある意味『コミュ障』なのかもしれないですけどねぇ。
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